FAEロゴ 福岡空港エンジニアリング株式会社
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工事の企画・設計
工事の企画・設計
福岡空港は昭和20年5月、「席田飛行場」としてスタートを切り、同年11月からは米軍に接収されて「板付飛行場」と呼ばれる事となりました。昭和26年10月、一般には「福岡空港」と呼ばれるようになり、同月25日は福岡の空に戦後初めて日の丸をつけた定期旅客機が飛んだ記念すべき日となりました。米軍板付基地との同居という変則状態が続くなか、福岡と各地を結ぶ路線は拡充の一途をたどり、国際線の就航などを経て、徐々に空港としての規模を拡大し、米軍からの全面返還によって「福岡空港」としての新たな一歩を踏み出したのは昭和47年4月のことでした。当社の親会社である福岡空港ビルディング株式会社は空港が活気づきはじめた昭和42年4月に創立しました。
昭和60年以降は折からの円高の影響もあって、海外旅行者が急増し、それにともなって空港の需要が大幅に増大。空港施設は大規模な拡大を迫られました。こうした時代背景の中で、福岡空港ビルディング株式会社でターミナルビルの建物や諸設備に関するメンテナンスを担当していた保全部が分離独立し、昭和62年7月、福岡空港エンジニアリング株式会社が創立しました。空港需要は高まる一方で設備や機器の高度化や多様化に対応した知識や技術が要求される中で、今後の厳しい社会情勢にも対応できる、合理的で効率的な運営を期待されてのスタートでした。
当時は空港内に十分なスペースもなく、新会社といっても総務部と建築部は第3ターミナルビル内の事務所で、設備部は保全部技術課時代から使っていた第2ターミナルビル内の窓もなく配電盤に囲まれた機械室の一角で業務を開始。空港内でも別々の場所に分かれての出発でしたが、これも今となっては創立時のよき思い出となっています。
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